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おもしろき こともなき世を おもしろく 高杉晋作辞世の句より

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12年の時をこえて

「先生、これ見てください」と3年生のラグビー部員がボロボロのポスターを一枚持ってきた。


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なんのポスターか最初まったくわからなかったが、なんと上の写真の左下にあたるちょうど見えない部分に自分の名前が!


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高校を卒業するとき、確か寮を出る前日だったと思うが、ずっと寮の部屋に貼ってあったアメリカで購入したNIKEのポスターを1学年下の干場にあげたのはうっすら記憶に残っている。いろんなものをあげたから、その中の一つだったに違いない。そのときに自分の名前を下に書いて、おそらく適当に「これ、ラグビー部で受け継いでいって」と言ったんだろう。それが12年の月日を超えて、自分の目の前に出現した。恥ずかしさもあったが、化石を発掘したようなうれしさで鳥肌が立った。


代々受け継ぐジャージなるものはあったが、ラグビーにまったく関係のないビーチバレーのポスターが12年間も寮の中で継承されていたとは・・・おそるべし、ラ・サール寮・・・


このわけのわからぬポスターを後生大事に継承してくれたありがたい後輩の名前を、感謝の気持ちを表して列挙したい。


37回生 SH   宇佐見純平
38回生 WTB  干場友明
39回生 CTB  植村尚貴
40回生      松田和久
41回生 No.8 三浦充剛
42回生 FB   山下雄司
43回生 SO   山本真大
44回生 FB   菅原侑亮
45回生 FB   吉田光希
47回生      越智慶
48回生      柴田遼
49回生 PR   菊池佑


いつかこのメンバーで集まって飲んでみたいです。ありがとう、後輩のみなさん!どこまで継承できるか、楽しみです。

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  1. 2010/10/02(土) 13:19:32|
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竹田真博、結婚

更新が遅れてしまったが、先週末高校時代の同級である竹田真博が結婚した。


二人が出会った場所、札幌ということで今回は北海道での挙式、披露宴であったので、飛行機で一路北の大地へ(残念ながら地元帯広に戻る時間はなかった・・・)


高校時代の寮生活をともにした竹田とは卒業からも長く長くつきあっており、その頭の回転の速さとキレの良さ、そして誰もが認める要領の良さは自分にはまったくマネできないものであり、尊敬すらしている。加えて周囲への気配りや溢れる優しさも、今後とも変わらず貫いてほしいと思っている。


今回の結婚式では披露宴のムービーと二次会の司会を担当した。徐々に作成、司会レベルが向上しているように感じているが、最近の仕事の多忙から考えると、今回が引退作かもしれない・・・


結婚式の模様を写真でお送りしたい(撮影はすべて同じく高校同期の西原が、持ちうるすべての技術を自分のデジカメに込めて撮ってくれたものである)。

挙式は札幌の宮の森にある教会で行われた。あまりの大きさにびっくり!(中は撮影できず・・・)
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初めて見たロンドンタクシー。教会からホテルまで。車の後ろに結ぶ空き缶は昔の映画であったような・・・なくなってしまったのかな~
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披露宴は札幌駅に近年できたJRタワーの36階にて。いい時間でした。
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祝杯の挨拶の直後につぎに行く。「おい、早すぎだろ!」と笑う新郎。
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夜景とのコントラストはかなり幻想的で綺麗だったな~
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事前に竹田と何度も打ち合わせをしたり、ムービーを作成していく中で二人の今までのいろんな思いがたくさん伝わってきた。


これからもまた一緒に温泉で語り明かすのを楽しみにすると同時に、二人のあたたかい愛が変わらず続いていくことを祈っている。


竹田、美穂さん、結婚おめでとう!末長くお幸せに!


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  1. 2009/06/12(金) 23:04:12|
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花園に向けて

母校函館ラ・サール高校のラグビー部が花園出場をかけた全道予選大会に進んだ。


小さな一歩だが、大きな前進だと思う。


後輩たちの戦いに期待したい。

  1. 2008/09/03(水) 18:46:30|
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恩師と酒を酌み交わし

一昨日、昨日と函館を来訪。短い時間だったけど、いい時間になった。


空港まで寮でお世話になった清水先生が迎えに来て下さった。その後温泉に行き、清水先生のご自宅で夕食をご馳走になる。


アルコールは杯から杯へ。夜は進み、時計は2時の音を聞く。積もる話に終わりはなかったな~


自分は先生から随分とたくさんのことを教わった。いい映画、いい本、いい人。紹介してもらったものは本当にたくさんある。


酒を酌み交わせる喜びをかみ締めた夜でした。


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  1. 2007/10/01(月) 17:24:02|
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函館ラ・サール同窓会

先週ははじめて母校である函館ラ・サールの同窓会に参加した。


もうすぐ開校50年を迎える学校もたくさんのOBを出してきたのだが、ここ最近は先輩方の頑張りもあり、同窓会の参加人数が極めて多い。この日も350人くらいは来ていただろうか。


面白いのが上の代になればなるほど結束が強い。自分たちが37回生になるが、一桁の回生の人たちの同期間の結束力には、正直舌を巻いた。


53年後は創立100周年。そのとき生きていれば自分は80歳。年を重ねていくと、自分たちもあんな風に結束していくのだろうか。楽しみである。


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  1. 2007/04/26(木) 09:51:28|
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思い出すのは

最近夜風が温かくなってきましたね。北国の人間にとって、春はやっぱりうれしい。


同時に昨年帰国したときに随分と夜が暑かったことも思い出します。「ああ、こんな感じだったな~」と気温や空気でフィードバックできるのはなんともいえない喜びです。


さて先日投稿した内容にあったビジネスアイデアコンテストだが、結局はアイデアを出せずに終わった・・・「ワクワクさせるアイデア」という命題が、なかなか難しかったな~自分がワクワクするのはしょっちゅうだが、アイデアとなると・・・まだまだ修行が足りない。


ただ「あなた自身を400字程度で紹介してください」という題目はなんとかまとめることができた。それだけはここに載せようと思う。ちょっと文字が多くなったので、ここから先は興味のある人だけどーぞ。


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高校、大学、その後の海外生活、そして現在の社会人と親元を離れてはや10年が過ぎた。渡り鳥のように色んな地で色んな仲間、恩師、先輩、後輩と出会い、たくさんのことを経験したが、そのなかでも色あせずに26年の自分自身に刻まれているのは、15歳の春から1年過ごした高校の寮での「百人部屋」である。


大きな部屋に並ぶ二段ベッド。名前の通り100人を越えるむさくるしい男たちが一畳にも満たない自らのベッドの上を唯一の「プライベートエリア」とする。24時間の中で一人になれる場所はトイレの個室くらいなもので、それ以外は常に誰かと接し続けなければならない過酷な生活。「時代遅れ」「非現代的」と揶揄されることはもっぱらで、ここに子供を預けた保護者は帰りの電車で涙する話は毎年のこと。


ただ当の生活した本人たちの回顧録は「人生において何よりの財産」というものに大きく偏る。生涯における究極に尖った経験、特にそれが若いときであればなおのこと、人間にとって大きな成長を促すのではないかと関係者はいつも信じている。「どんなに批判されても、我々が百人部屋をやめることはない」というその寮に、私を含む多くのOBはいつも精一杯のエールを送り続ける。


理屈ではない世界だったし、説明すら難しい。ただ「人格」という人間の根本の部分は、おそらくあの1年で作られた。どんな場所でも生きていける「本能」と、極限を笑って話せる仲間をくれたあの部屋の存在を、私は死ぬまで愛していきたいと思っている。

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こんな硬い文章を書きながらも思い出すのは、

「誰の寝言が面白かった」

「あいつのいびきはすごかった」

「消灯後のラジオが唯一の楽しみだった」

「モノポリー大会がまたやりたい」

といったしょうもないことばかりである。


さらにもっともっとくだけた寮の話を読みたい方はこちらへ ⇒ クリック


春が近づくと温かい空気に乗って、色んなことを思い出す。そしていろんなことに思いを馳せる。


もうすぐ4月。あの寮にあらたな新入生がやってくるな~

  1. 2007/03/22(木) 01:03:49|
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お馴染みラ・サール寮 3

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お馴染みラ・サール寮 3

7時半に食べる御飯のことをこの寮の食堂では「半飯(はんめし)」と呼びます。誰かが独自の呼び名をつけて、それがながーい間、寮生の共通ワードとして勝手に認識されます。おもしろいところです。

  1. 2005/12/20(火) 00:30:21|
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お馴染みラ・サール寮 2

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お馴染みラ・サール寮 2

便利だから置いてしまうんです。あまり効果を発揮しない貼紙です。

  1. 2005/12/20(火) 00:26:53|
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お馴染みラ・サール寮 1

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お馴染みラ・サール寮 1

洗濯物を出すときに注意を受けてます。おもしろい貼紙ですよね。

  1. 2005/12/19(月) 13:30:04|
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やってきました函館

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やってきました函館

ついに北の大地に戻ってきました。飛行機が雪のためになかなか着陸しませんでした。写真はお世話になっている額賀先生の家のカレン。むっちゃかわいいです。

  1. 2005/12/19(月) 13:27:05|
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寮生活 ラ・サール編 その3

お気づきの方も多いかと思いますが、おかげさまでランキングの方が


1位になりました(確認してください → クリック

たくさんの協力を得て無事ここまでたどり着きました。皆さんありがとうございます。今後もより一層がんばっていきます。


今日の記事はまたあの愉快な寮について書こうかなと思います。今回は年に1~2回行われていた寮のバザーについて。


毎年新入生が入学してきて1ヶ月くらい経つと夜に寮の食堂でバザーが開かれるんです。主催は2、3年生で、かもられるのが1年生。売られているの物は主に以下の通り。


参考書、問題集、中間・期末テストの過去問、筆記用具、漫画、週刊誌、服、カバン、靴、ジャージ、写真集、エロ本、エロビデオなどなど


もっともっとあったけど、今思いつくのはこれくらい。さて前半の部分はさしあたって問題なし。いらなくなった問題集や参考書なんかを相場100円前後で売っていくわけです。特に売れるのが過去問。これは高値で売れるため、上級生は必死に1年間キープしておくわけです。そのバザーのやりとりはこんな感じ。


先輩A「はいはい、この過去問は実力テストの回答まで全部入っているよ!これさえあれば間違いなし。はい、そこの賢そうな君、どう?」

かもA「その封筒に本当に全部入っているんですか?それでテストもいけますか?」


先輩A「信用していいよ!俺は成績も上位20位入っているし、これあればいけるって!」


先輩B(横から)「こいつまじで頭いいから、こいつの過去問は持っておいたほうがいい。友達にもコピーして売れるぜ!」



かもA「じゃあそれください」


先輩A「ありがとう。じゃあ特別にこの参考書もつけてあげるよ。」


かもA「いいんすか?ありがとうございます!」



なんていいながら気持ちよく商談が成立しているようにも見えますね。しかし、だまされてはいけない。先輩が売っているのは捨てずに取っておいたただの過去問であり、プラスいらなくなった参考書を持っていってもらっているだけ。それで金を払って「ありがとうございます」だから、1年生はまさに「かも」なんですね。これはきわめてベーシックなケース。バザーの終盤になるとこんなシーンも見られます。明らかに売れなかった大量の参考書を前に並べて、


先輩C「この問題集と参考書、全部で20冊はある。もうバザーも終わるから50円、50円でいいよ!」


先輩D「そこの君、ちょっと話だけでも聞いて、まじで損はさせないから!これを全部で10円で持っていってよ。10円だよ!」
 



10円で買わされて「損した!」って怒る奴がいるだろうか。いくら寮生が金がないからって平成の世の中でそんな奴、まずいないだろう。それによーく考えると、たかが10円や50円のためにそこまで声を張り上げて、必死になる必要はあったのだろうか?売れ残っていらないなら自分でゴミ箱に捨てに行けばいいだけの話である。それを無理やり後輩に持たせて自己満足を得ようとする行為が、今思うと滑稽だ。それを何人かはダンボールごと持たされて、ほとんど使うことなく来年に売りさばくのである。こうして何年も前の参考書がこの時期になると化石のように出没するわけですよ。僕らが37回生なのに、名前のところを見ると「21回生・・・」とか書いてあるわけです。よく捨てられずここまで来たなと思うと、一種の感動すら覚えてしまう。まさにこの寮の7不思議の一つでしたね。


さて先ほどの売り物中に後半売ってはいけないものがありましたね。未成年なのでもちろん売るのも買うのもだめ。しかし、大量のエログッズがこの市場で飛び交うわけです。それもアンダーテーブル(秘密ごと)で。


先輩E「ちょっと君、いい話があるよ。すごいのがあるんだけどさ・・・」

かもB「何ですか?」(← 聞いている時点でほぼアウト)


先輩E「この封筒に95年度最新版過去問と書いてあるけど、実際は中にエロ本が3冊にビデオが2本入っている。1000円で売ろうと思ったけど800円でいいよ。」


かもB「まじっすか?」


先輩E「しーーーー!声がでかい!もし買うんならこのリュックに入れていきなよ。これで無事にここから出られるから。」


かもB「うおーやった!800っすね?」


先輩E「はい、どうぞ。じゃ勉強がんばってね!」(← 言う必要なし) 



帰って中身を見ると確かにエロ本は入っていたが、ビデオは大学の案内ビデオとかでかなり憤慨していた友人がいた。しかし秘密にことを進めたため文句を言うこともできず、またもちろん先生なんかにも言えず、しぶしぶ「来年自分も同じことをしてやる」とか復讐を誓うんですね。また、たまにこの取引の最中に先生に見つかってエロ本が没収されるときがある。そのとき先生はエロ本をどこかに持って行くんですね、そのままの状態で。なんと悲しい光景なことか。どこに持っていかれるのかは誰も知らないし、没収されるシーンなんかも無言。麻薬でも拳銃でもない、ただのエロ本が厳重に没収される。はかないですよね。


ま、バザーで成功するやつもいるし、損するやつもいる。自分の場合は先輩から色々買わされて結構金使ったけど、翌年チューターをやったせいか後輩が面白いように自分のものを買ってくれて黒字で終わりましたね。ただ損得よりも、自分で勝手に店を出して、後輩をあの手この手で
つかまえて買わせていく、そのやり取り自体が醍醐味でした。


そして気になるエロビデオは寮なので見るところももちろんない。つまり夏休みの帰省時まで3ヶ月近く、ずっとロッカーの中で眠るのです。


ああ切ないかな、男子寮。
  1. 2005/08/26(金) 09:10:31|
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寮生活 ラ・サール編 その2

みなさまご愛読ありがとうございます。おかげさまで現在28位。一日一クリック、よろしくお願いします。(クリックポイントは記事の最後に)

最近明らかに過去の話を持ち出しまくっていますが、ねたが続く限りお届けしようかなと思います。

今回は先日お話したラ・サールの寮生活の続編。2、3年次は百人部屋を抜けて友達同士で4人部屋を組むんですが、ここがまた難しい。「3人」「5人」といった4人にならないグループもあるし、誰とも組めない人もいる。これは寮の先生がうまく調整して何とか部屋組みをさせるのですが、今考えてもシビアな世界でした。

「もう4人決まっちゃったから、君とは組めない」

「お願い、どうしてもその部屋に入りたいんだ」

なんて大人の世界でもあまりないような、本当にリアルな会話が繰り返されるわけです。


さてさて、この4人部屋。百人部屋に比べると「自由」であふれています。まず義務自習(その1の記事参照)がない。なので別に寮内で遊んでいてもいいわけです。もちろん部屋によってルールを決める。義務自習から少し緩和されて


義務沈黙


なんて時間も作られる。つまり黙っていれば漫画を読んでも、ゲームボーイ(本当は禁止)をしてもいいわけだ。寮にかかってくる電話だっていつだって取れる(義務自習中は禁止だった)。まさにフリーダムです。


ところがこの4人部屋。大きな欠点があるんですね。今まで大部屋で生活していたから気づかなかった個人の癖とか性格とかがもろに見えてくる。それが気になって気まずくなって、最終的には


部屋崩壊


なんてこともざらだった。それもほんのささいなこと。


ドアを閉める音がうるさい


勉強しているときにペンを回しすぎて気になる


トランプ大会が多すぎる


掃除をしない


カップラーメンを食いすぎて、部屋が臭くなる



トランプ大会は拒否できたんじゃないの、って後から聞いて思ったりもしたけど、まあこういう本当に小さなことが積もり積もって、大喧嘩とかにも発展するから怖い。だからまめにミーティングをすることが必要。これは社会でも同じですよね。


その自由に拍車をかける形で、その本来なら勉強する時間にみんなで寮の屋上に集まることがたまにあった。屋上で集まってしていたこと。


男同士で星を見る


お菓子を食べながら語る(たわいもない話)


CO-OPで10円で買ったというZOOの中古CD「Choo Choo TRAIN」にあわせて踊る


素振りする(主に野球部)


叫ぶ(1年生が義務自習しているから、そこに向かって笑わせたら勝ちみたいなゲーム)


無性に話がしたくて理由もないのに屋上にあがってきて、誰がいるかを確認する


土曜の夜の脱出計画を練る



などなど、限られた空間の中で騒音をあまり立てず、しかも暗闇の中で面白いことを常に考えていた。


逆に遊んでばかりいた連中はテスト前になると、無性にあせりだす。この寮は1時(確かそのくらい)で消灯で、すべてブレーカーを落とされるから徹夜で勉強ということが不可能になる。よって懐中電灯などをスーパーなどで買ってきて、その明かりを外に漏らさないように布団などを使って工夫してこっそり勉強するわけだ。その名前を


セコ勉


と呼んだ。セコセコ勉強するから、せこい方法だからか、いわれは知らないが、とにかく消灯後のセコ勉は禁止行為だったが、結構みんなするんですね。だが、不思議と見つかってしまう。部屋でそういう行為を禁止されている奴は、トイレに駆け込むわけです。一応トイレは24時間電気がついているため、トイレの大便器の所で鍵をかけて、立って教科書を読むわけです。そうすると先生が来て、


「お前、セコ勉しているのはわかっているんだぞ!出て来い!」


なんていわれて、強制で終了させられる。警察が犯罪者を発見するかのごとく、次々と捕まる。これだけ文明が発達し、電気もつけっぱなしで寝たりすることもできる中で、まさに「蛍の光」のように勉強して、なおかつ怒られる。切ない話じゃないですか。


「なんで勉強したいのに、させてくれないんですか?」


なんて突っかかる奴もいた。確かにタバコすっているわけでもない。ゲームしているわけでもない。


僕たちは勉強していたんです!


と胸を張ってもおかしくないとところだが、ほとんどのケースが無言で懐中電灯や読んでいた教科書を差し出し、しぶしぶ床につく。あれはもう罪の意識でしょうね。


勉強していて「やってはいけないことをやってしまいました」なんていうんだから、やっぱりこの寮は面白かった。


ちなみに本当に頭のいい奴らは、セコ勉なんていうのをしなくてもきちんといい成績を取る。だからやっぱり最後は屈服するしかなかったのかな。


ということで、その2も終了。


一日の最後は必ずクリックで。さて何位になっているかな? → クリック
  1. 2005/08/18(木) 11:36:03|
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寮生活 ラ・サール編 その1

ランキングの方はおかげさまで49位ということになっております。今後もクリックの方、よろしくお願いします。


さて来週には昨日やったプレゼンについてのレポートが待っております。1800-2000ワードということで、一息つくまもなく次の山が来ます。


それをよそに過去回顧録として、今日は自分の人間形成の多くを作ってくれた高校時代の寮生活について書こうと思います。


まず出身高校は前にも紹介していますが、北海道の函館ラ・サール高校なんです。そういうと必ずみなさん口をそろえて、


「ラ・サール?すごいね、めっちゃ頭いいんだね!」


とか言ってきますが、まず誤解の無いように説明を加えます。ラ・サールの前に地名が入っているでしょ、函館と。もうその時点で怪しい匂いを感じないといけない。

それとは別に何もつかない「ラ・サール高校」というのは鹿児島にあって、そちらは本当に秀才たちが集う高校です。本気で「志望校は東京大学です」と言う人がごろごろいます。

一応私たちの方は形では進学校ということになるのでしょうが、いうほどでもない。逆に大方はこの名前に負けてしまってますから、私を含めて。3年の受験前のクラス目標で、


球技大会全種目制覇!!


とかでっかく横断幕作ったりするくらいですから。

その代わり、個性はぴか一だった。北海道、東北出身者が主な生徒だったけど、面白い奴ばっかりだった。先輩には吉本からスカウト来た人とかもいたし、後輩の応援団はラグビーの試合のときに学校から下駄履いて学ラン着て、全員で応援しに来てくれたりした。

そんな私たちのおよそ半数以上は3年間を寮で過ごすんです。その1年目はなんと、


百人部屋


なんですね。でっかい部屋に二段ベッドと個人ロッカーだけしかない。勉強する部屋は他にもあって、要は学校行って、部活行って、勉強して寝るという機械のようなサイクルを繰り返していくわけです。

さらに一応進学校ってことで、勉強時間っていうのが設けられていたのだが、その名前は今考えるとおかしい。


義務自習(自習なのに、義務なんですか?)


そのほか違和感を覚えることは多々あった。入寮して間もない頃は先輩がチューターとして生活指導にあたる(自分もやった)。寮の規則を守らせる、覚えさせるために存在しており、本当にいい先輩という感じで親しみが持てる人ばかりだったが、やることが面白い。

「説諭」といってそのチューターが規則を破った人を部屋に呼んで、いわゆる説教っぽいことをするわけですが、今考えるとおかしい。こんなことで先輩の前で正座させられてました。


スリッパがベッドの下からはみ出ていたから説諭

個人ロッカーが施錠されていなかったから説諭

衣装ケースのふたが閉まっていなかったから説諭

ベッドメイクがいまいちなので説諭

夜誰かの寝言が面白くて笑っていたら私語と間違われて説諭

誰かのお菓子を勝手に食べたとかで問題になって説諭




ま、探せばまだまだあったし、もっと理不尽なのもいっぱいあった。基本的には寮の規則を破ったということになり、該当者はその呼び出される部屋の前に行列を作って自分の番を待つわけです。中に入ると先輩チューターが偉そうにあぐらなんか組んじゃって、


「なんで悪いか、わかる?」


とか聞いてくるわけですね(ま、俺もチューターやったからあまり言えないけど)。わかるもわからないも、寝言がおかしくて笑って説教ですからね。どうリアクションしていいかわからない。


「僕の笑い声がみんなの睡眠を邪魔してしまって・・・」


とか申し訳なく言うわけですよ。でもそのときは百人部屋全員が爆笑だから別に誰も寝てない。そういうときにつかまるのは大抵その説諭の回数の多い奴。7回説諭になると反省文を読まされるから、結構みんな必死で説諭にならないようにがんばるわけだ。そしてまたその反省文が今思うと泣けてくる。


「数々の失敗、落ち度があり、みんなに多大な迷惑を・・・」


いや、全然迷惑じゃなかったよ・・・


隣の人の個人ロッカーの鍵がかかってなくて、


「くそーなんでこいつかけないんだよ!むかつく」


なんていう人いますか?

ま、チューター側からするとそれで盗難があったら困るからということで説き伏せていくわけですね。その40人くらいかなるチューター団も6月くらいには解散するわけですが、その後の百人部屋は結構汚くなるんですね。それでも夜中の私語禁止だけは1年間守られるのが不思議でしたね。

去年も教育実習行ったけど、よーく考えると不思議な空間ですよ、あそこは。いまだに百人部屋は健在ですよ。建物はリニューアルされているけど。

ただ2年、3年は友達と4人部屋に移って、それで卒業していくんだけど、みんな口をそろえて「百人部屋は楽しかったなー」と言って去っていくわけです。それほど劇的な1年でしたね。

もう一度あのメンバーで、あの空間で生活してみたいなと思いますね、実際。1年は無理でも1週間くらい。あそこで生活したら、もうどこでも生きていける。15歳にして、結構強くなれるわけです。

長くなりましたが、このくらいにしましょう。2、3年の生活はまた違った感じでかなり面白い。それはまた追々。


追伸 面白かった寝言はいっぱいあるけど代表作は


「うおーーー、アメリカンチェリー食いてーーー!!」 

かな。


それじゃ最後にランキングの方、よろしゅうです。 → クリック
  1. 2005/08/17(水) 12:06:27|
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