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おもしろき こともなき世を おもしろく 高杉晋作辞世の句より

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考える楽しさ

今月のラグビーマガジンにIBMの高忠伸キャプテンが特集された。「日本代表になりたい」というコメントが印象的な、非常に面白い特集であった。

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縁があって、彼がシドニー留学中に何度か時間を一緒にした。はじめて聞く同じ1980年生まれのラグビー選手の話は新鮮で、かつ興味深かったのを覚えている。


本文にもあるが、彼のプレーを見ていると本当によく考えている。たとえば小柄で非力なプレーヤーがいきなり100キロの巨漢プレーヤーを仰向けに倒すということは少し難しくもあるが、考える、意識するという行為は誰もが今日からできそうなものだ。しかし、この考えるという行為も、肉体を激しくぶつけて乳酸が蓄積するとなかなか脳がそうしてくれない。また考えるという行為やゲームの先を読むということは、たとえそれらを取り除いたとしてもゲームが成立する。「100メートルを10秒台で走る190センチメートル」を15人そろえれば、彼らがまったく考えないプレーヤーでも試合に勝つことは容易かもしれない。


そう、ラグビーをする上で考えるという行為は確かに必然ではない。絶対条件でもない。が、やはり彼を見ていると、考えること、自問自答することこそ、このスポーツがプレーヤーと監督、そして観戦者に与えた醍醐味であり、かつ身体的に上回る相手を破る唯一の行為ではないかと思わされる。


話はそれるが、昔将棋が小学校で大流行したとき、駒の動かし方を覚えるために父に将棋の本を購入してもらったことがある。ルールがわかればそれだけでも楽しく、休み時間の度に友人と盤に駒を並べて楽しんだ。そんなある日、祖父との一局。まったく勝てない。相手は大駒である「飛車」も「角」も落としてくれている。それでいて、手も足も出ない。文字通り完敗。その場限りの一手が、深く読んで指す一手に遙か及ばないことを痛いほど知る。そして「どうすれば勝てる」と自問自答。試行錯誤の日々のあと、このボードゲームが、実は無数の手を無限に考え、その先に正解がないという矛盾を作り出す魔物だと知り、同時に将棋が楽しいのではなく、この考えるという行為そのものが楽しいのだと、やっと気づく。もう20年近くも前だろうか、やけに懐かしい。


話を戻して、考えるフルバック。その考えることの楽しさを、これからもたくさんの人に伝えてほしい。


桜のジャージで考えている姿を、楽しみに待ちたい。

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  1. 2008/06/30(月) 20:48:51|
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